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春の日は雲の上に
2007/04/01(Sun)
 曇天の下、桜が咲いている。
 こんな天気の日の桜を見ると、私はいつも俵万智のエッセイを思い出す。学校の教科書に掲載されていた文章だ。
 花曇り。
 桜を愛でるなら晴れた空の下がいいに決まっている。しとしとの雨では気分も晴れず、花も散ってしまいそう。曇り空の桜なんて、色のない天気で、薄い色の桜じゃ、ちっとも面白くない。
 けれども、この作詞家の筆の中では、不思議と曇り空の桜も素敵だな、と思わせてくれる魔力があって、詩を創る人の備えた豊かな感性や視点の鋭さに、ただただ感心したのを覚えている。「花曇り」という言葉を私はその時初めて知ったが、この言葉の響きの心地よさに加えて、俵万智によって与えられた言葉の命が、いつもこの時期の桜を眺めるたびに私の心を陶酔させる。
 桜の時期というのは、複雑な時期だ。
 3月の別れ、4月の出会い。そんな時期に桜は咲く。
 いろいろと環境が変わるから、慌ただしく人は動き回る。桜も同じように、慌ただしくわーっと咲いたかと思うと、さっと散ってしまう。別れはいつもあっという間で、気が付けば立ち去ったあと。人の別れもそんなものだ。
 3月31日。
 2年目、最後の出社日となった。次に出社する時には3年目社員だ。
 3年目か。
 入社して以来何一つ成長した覚えのない私でも、ついに3年目の春を迎えるのだから驚きだ。ただただ、いたずらに年を重ねただけのような気がしないでもなく、それでもまぁいいのかなぁ、というのが今の気持ち。回りのペースに翻弄された2年目を反省して、3年目は、自分のペースで自分らしく働いていきたい。
 とりあえず、気分を変える為にも身辺整理。
 3月の上旬からぼちぼちと私物の整理を始めた。とりあえず取りかかったのが本の整理。今でこそスローペースだが、学生の頃は常々文庫本3冊を鞄の中にしのばせて通学していた私。(1冊は行きの電車の途中で読み終わり、1冊は帰りの電車の中で読み終わり、3冊目を読みかけのまま帰路に就く)
 未整理のまま放置されている文庫本がやたらとあり、しかも、どう考えても買ったままページをめくっていない小説さえある。大概、新しい小説を購入して家に戻り、雑然と置かれた書庫の中で同じ本を見つけるのだ。そろそろ整理しましょう、とようやくにして決意。現在目録作りに勤しんでいる状態だ。
 そんな中で発掘した1冊が、北杜夫のとあるエッセイだった。割と軽めの作品で、それこそ桜の咲く公園の下で暇つぶしに読んだのを覚えている。けれども内容は覚えていない。桜が咲くように一気に読んで、桜が散るようにさっさと忘れてしまったのだろう。

 会社横に咲く桜の花が綺麗だった。
 ぼうっと眺めて気付いたが、花と葉が同時に顔を出している。灰色の空の下で一面色を失ったように見えたが、若葉の瑞々しさは輝きをとなって、白い花弁を優しく引き立てていた。
 春の日が雲の上に隠れていても、光はすぐ側で輝いている。
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ただ涙が止まらないだけ
2007/04/08(Sun)
 正直に自分を語ろうとすればするほど、泣けてくるのが不思議だ。
 春の別れの季節に別れ話を持ち出して、自分から言い出してひとりで泣いているのだから、世話がない。
 特に嫌いになったわけでもなく、むしろ好き。大好き。このままずっと、こうありたいと思っている。そう願っておきながらそれでも尻込みしてしまったのは、時の勢いだったのか、私の自信のなさだったのか。今となってはどちらにしても同じこと。今となっては、この先どうしようかという方が不安であったりもする現実。
 後悔と無縁の生き方はできないものなのか。情けなく思って、ほら、また泣けてくる。
 周りを見れば、世話になった人たちばかり。
 ごめんなさない、と言わなければいけない人。
 ありがとう、と言わなければいけない人。
 そんな人たちばかりなのに、まだ、言えずにいる。きちんと言えずにいる。ついつい茶化してしまう。それでいて「察してよ!」なんて都合のいいことも考えたりする私のずるさに、また情けなくなる。
 一番感謝の気持ちを伝えたい人に、意を決して言おうとしたこともあったけれども、結局言えずじまい。言い出そうと思って食事に誘って、言えず。
 相手の前でさめざめと泣いてしまった。
 きちんと「ダメでした」が言えないのが悔しくて、「ごめんなさい」と言うのが情けなくて、「ありがとう」というのが恥ずかしくて、ますます泣けてくる。特に先を促すこともなく、泣きたいだけ泣かせてくれた相手の包容力に甘えてしまって、そうやってずるずると事実だけが進行していくから、なんだか空虚な感じがぬぐえない。
 しかしそれにしても、人はどうして泣くのだろうね。
 世の中に桜というもの・・・・と古人が詠ったように、涙もろくなかったら自分はもっと気丈に巣立っていかれるのではないかと感じる。
 春の別れは切ない。
 けれども、次にまた、素敵な出会いがあると信じている。春とは、そういうものだもの。
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ドライブするなら
2007/04/13(Fri)
 免許を取ってから、もう何年になりますか。すっかり運転なんぞしないので、ペーパードライバーとなってしまった。
 車庫には私の車が、乗ってもらえないことに対する恨めしい視線を毎度私に投げかけてきているように・・・思う。しかし、今更ハンドルを握る自信はなく、ハンドルを握ったらハンドルだけになって帰ってくる自信はある。あらら、情けないこと。
 そんな私は、最近人の車に乗せてもらう機会が多い。勿論、ドライブ。
 ある時は、ドライブそのものが目的だし、ある時は食事に行ったり、カラオケに行ったりするついでに乗せてもらう。どちらにしても、助手席というのはいいものだ。
 そう、ドライブするなら断然、助手席だ。
 運転していると周囲に気を配るけれども、助手席に座っていれば、とりあえず注意力散漫でも問題なし。会話を弾ませたり、ぼうっと外を眺めていたり、そういうことが好きな私には、運転席の隣という位置は当に適った場所。
 そして、ドライブするなら断然、晴れた日の夜だ。
 それも、高速道路の上が好き。
 邪魔な景色は暗い闇に閉ざされ、ライトの明かりがすっすと通り過ぎていく。聞こえるものはエンジンの音だけ。(エンジンの音って、すごく好き)そんな落ち着いた空間の中で、誰にも邪魔されず物思いに耽っている瞬間が、たまらなく好き。
 さて、仕事は忙しいのは承知の上で、今日はお休みを頂いた。
 これから少し出かけてこようと思う。
 ぼーっと出来るところ。そう、散歩のできる場所がいいな。
 のんびりハイキングして、リラックスして、そしてまた頑張る。
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好きで好きでたまらない!
2007/04/14(Sat)
 GARNET CROWのアルバム“THE TWILIGHT VALLEY”をネットで購入した際、2、3日で届くところを3週間程度待たされたことがある。一緒に注文したロバート・ジョーダンの“時の車輪”シリーズ第11部『竜神飛翔2 狼の誓い』が在庫切れだったおかげの結果。
 それにしても、あの時は散々待たされたことにイライラとしたものだが、3週間も待たされて届いたアルバムを、私はまだ1度しか聴いていない。完全にファン失格。
 けれども私は声を大にして、「GARNET CROWが好きだ。大好きだ!」と叫ぶ。だからこそ、GARNET CROWの認知度が低いと、悲しい。
 カラオケで歌っても「知らない」と言われるし、けれどもGARNET CROWが好きな私はGARNET CROW以外は歌いたくないと思っている。いや、正直自分、GARNET CROW以外は歌えない。(歌いこなせていないということはさておき)
 悔しいくらいに良い歌を創っているから、GARNET CROWを知らない人でも、これを機に何かひとつ聴いてみて欲しいです。
 お薦めのアルバムは“I'm waiting 4 you”。この中の『君を飾る花を咲かそう』を、いつか誰かに歌ってもらおうと思っている。他にも、良い曲はたくさん。基本的に歌詞やメロディーが自分と合っていて、何を聴いても安心して聴いていられるのが嬉しい。
 そんな私、カラオケに行くたびに『夢・花火』と『籟・来・也』は必ず歌う。最近の基本はこれ。これを歌ってから、GARNET CROWの別の曲を歌う。誰が「知らない」と言おうとも、おかまいなし。
 とにかく、大好きだ!
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素朴な疑問
2007/04/15(Sun)
 高校生の頃はまだ若かったし、元気だったので、電車の中で居眠りするなんてあり得ないと思っていた。まあ、勉強なんてしなかったから、睡眠十分だったというのもあるけれど。
 けれども、大学生になって気付くと、居眠りをしてしまう自分の存在を見かけるようになる。それでも、まだ学生の頃は「時々」してしまう程度。相変わらず勉強なんてしなかったのに、チャットしたり何したりで睡眠不足だったから。
 社会人になってからは、電車の中での居眠りが必須条件になっている。特に夜更かしをしているわけでもないし、一生懸命働いているわけでもないのに、歳を取ったのかな、と柄にもなく感じるこの頃だったりする。
 だから、電車の中ですっかりと熟睡している人を見かけても、高校生の頃のように「あり得ない」とは思わないし、「みんな眠いんだな」と逆に同情してしまったりする。
 けれども、けれどもね、許し難いこともある。

 他人に寄りかかって寝るのだけは、やめてもらいたいのだ。

 人の頭というものは、自分で感じている以上に重たい。だから、寄りかかられると非常に・・・痛い。とりあえず、迷惑。
 これが素朴な疑問なのだけど、いや、自意識過剰なのかもしれないけれども、不思議なことに私は電車に乗ると、必ず隣の人から寄りかかれる境遇にある。何でいつも私で、反対側の人には寄りかからないのだろう、なんていつも思うのだが、いまだに答えは出ず。
 最初は慣性の法則で、私の方に来ちゃうのかなぁなんて思ったりもしていたけれども、違うもの。両隣、寄りかかってくるもの。・・・私ってそんなに無害に見えますかね・・・?
 これが女の人の場合、まぁ、同性のよしみで我慢する。
 けれども、オジさんの場合には我慢がならない。「えーい!」と押し返してしまう。ごめんなさい。
 もっとも、若いお兄ちゃんの場合、こりゃどうしていいか始末に困る。お姉さん(!)的には・・・そのままでもいいのだが♥・・・なんてことを考える私、あぁ、やはり歳を取ったのか・・・。
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もしも記憶が
2007/04/17(Tue)
 私の忘却ぶりは、相変わらず続いている。
 昨日の夕食を忘れるならまだしも(何しろ食べていないのだから覚えているわけもない)、今日の朝食を忘れるのだから始末に負えない。間に電車で爆睡という重要命題が構えているので、すっかり朝食の記憶は消え去ってしまうのだ。だから、いつも会社の最寄り駅まで来て空腹を覚え、
「あれ、朝食食べたっけ?」
 などと自分を誤魔化しつつ、コンビニに直行。毎朝、二食分の朝食を平らげるという偉業を成し遂げている私である。流石です、拍手。
 とまぁそれはさておき、どちらにしても、最近は何かを思い出すということが難しい。
 すぐに的確な言葉が思い出せず、
「あれ、あれってどうなりましたっけ? あれですよあれ、あのときのあれですよ」
 とよく指示語だけで会話をしてしまう。当たり前だが、通じない。あぁ以心伝心の道は遠い・・・。
 ともあれ、自分の脳内データベースもSQL使って抽出が出来たらどんなにか楽だろうと思う。そんなことを言うのも、ちょっと前から、このSQLに思い悩まされているからだ。いろいろと。
 ここで、SQLってなーんだ?
 というと、語彙の乏しい私には説明の困難な問いになってしまうのだが、要するにデータベースを作ったり、書き換えたり、そこからデータを取り出したりするもの、といえばいいのだろうか。
 これを使って、私の「記憶」という名のデータベースに情報を書き込んでおく。そして、同じくこれを使って「記憶」から欲しい情報を引っ張り出す。都合の悪い「記憶」は書き換えたり、あるいは消したりする。あぁ、そんなことができたら、私は今頃・・・などと、記憶力も悪く、抽出力も弱い私は切実に思う。
 とはいえ、データを引っ張り出すには、そもそもとしてデータベースが整理整頓されていることが必要なのも事実。そうでないと、捜し物がどこにあるのか検討も付けられず、貴重な情報も、他の膨大な情報の中に埋もれてしまう。宝の持ち腐れとはこのことだが、整理整頓のできない私の場合、きっとこうやって便利なツールを使いこなせないままになってしまうのだろうと、現実を見て思う。ああ。
 それにしても、今日のお昼は何を食べたっけかな?
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偕楽園の梅
2007/04/21(Sat)
 4月も気付けば後半。
 バラ科の花々は盛りを過ぎて、新緑が過ぎ去る春を見送り、夏を待ち望んでいる。三寒四温という言葉が似つかわしく、肌寒い一雨、一雨をやり過ごすごとに、どんどんと気温は暖かくなる。夏も近いな、と感慨に耽る晩春の今日。ふと、偕楽園の梅を思い出す。
 日本三大庭園といえば、水戸の偕楽園、金沢の兼六園、岡山の後楽園のこと。そのうち、兼六園と後楽園には行ったことがあるくせに、なぜか一番近くて一番簡単に行かれる偕楽園にだけは、この歳になるまで一度も行ったことがなかった。近いからこそ、いつでも行かれるという気持ちが、なかなか水戸に足を運ばさなかったのかもしれない。録画したドラマはいつでも見られると思って、結局いつまでも見ないでしまうのと同じ。
 出不精の私に付き合ってくれる奇特な親友と1年も前から計画していた偕楽園行きを決行したのが、2月の末のこと。実はその時、家の庭先の梅は散り始めていた。だから非常に心配しながら常磐線に揺られたものの、着いてみれば満開の花。偕楽園駅に降り立った私たちを迎えたのは、甘く柔らかい梅の香りだった。
 みんなで楽しむ。
 そう名付けられた水戸の庭園の入園料は、無料。
 偕楽園駅では梅の着物を着た梅娘たちが出迎えてくれたり、臨時停車駅では駅員さんが対応してくれたり、しているのに、なぜか、入園料は無料。庭の管理料はどうやってまかなっているのだろう、などと余計なことを考えてしまったものの、昨今たいして見所もない庭にそれなりの拝観料を取る場所が多い中、気楽に入って気楽に散策できる心遣いは嬉しい。園内にいた人たちも、半分は観光、半分は近所の公園に散歩しに、といった趣。(ちなみに、好文亭に入るには料金が必要。けれども、これも190円と良心的な値段)
 梅の花には、桜の花のような華やかさ、賑やかさはない。
 どちらかというと、静かにひっそりと、香しく咲いている花。それでも、庭一杯に咲き誇った梅の花は圧巻で、「華やかさで桜に負けるなんて誰が言ったんだい?」と誇らしげに見えた。
 梅の林に隣接する竹林、杉の林も散策にはもってこい。心洗われるような竹林の音色は、是非夏にまた訪れたいと思わせてくれる。
 さて、あれから二ヶ月。
 我が家の梅はすっかり夏衣。偕楽園の梅も、夏の準備は万端だろうか。
 それにしても、あそこの梅の木から一体どれくらいの梅干しができあがるのか、なんてことを考えてしまう似非風流人は、ほかでもなく私のことである。
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人生色々、会社も色々
2007/04/22(Sun)
 まだまだ、社会人としてのキャリアよりも学生としてのキャリアの方が長い私。ともすると、学生気分が抜けずに無茶をしたり、馬鹿をしたり、後になって振り返ると、社会人としては恥ずかしい言動が多くて参ることも多い。
 そんな自分だから、リクルートスーツを着ている学生さんを見かけると、まだまだ自分のことのように思ってしまう。
「ああ、私にもあったなぁ」と懐古するほどに、まだ記憶が古くなっていないのだ。多分、私の学生時代の友人たちが、今でも現役の学生であったり、就職活動真っ最中だったりするからなのだろう。
 それにしても、会社も色々あるのだなぁと感じた就職活動だった。
 当然、誰もがその名を知っている会社がすべてではない。活動をしなければ一生名前も聞かず、巡り会うこともなかっただろう会社の方が、圧倒的に多かった。
 会社に対する見方も変わった。
 今まで何気なく使っていた製品を、「あの時、あの人事の人があんなことを言ってたな」なんて思いながら使ったり、「これ、ちょっともう使いたくないな」なんて残念ながら思ってしまったり。今でも、訪問した先の企業の名前を何かの弾みで耳にすると、理由もなしに嬉しくなったり。(ファンになっちゃったから?)
 ギリギリまで、就職か、学生を延長するかで悩んでいた私だったが、今では就職活動をして本当に良かったと思っている。「社会」を何も見ないまま専門の道を突き進んでは得られなかっただろう貴重な体験が、そこにはあった。
 会社も色々あるが、会社選びも色々ある。
「絶対にMR」と言って、頑なに同じ業界をチャレンジし続けていた知己もいる。やりたい「仕事」が明確に見えている人は幸せだ。その実現に向けて、それが実現できる会社を選んでいけばいいのだから。
 やりたいことは明確ではないけれども、「どこでもいいからナンバーワンの会社に就職する!」と豪語して、業界一位の「何か」を持っている会社ばかり当たっていた友人もいる。そんな会社選びもいいのかもしれない。
 振り返って私はといえば、多分、二つの道の前でウロウロしたのがまずかったのだろう。明確にやりたい仕事が見つからないまま、単に「好きだから」とか、「私でも出来そうだから」という曖昧な理由で活動をしてしまった。これだけは、本当に失敗だったと今でも後悔している。けれども、今の仕事は好きだ。営業職のつもりで入社したのに、なぜかCOBOLなんてものと睨めっこしているけれども。今の職場の人間関係もすごく好きだ。だから、今の会社を選んだことの後悔は、とりあえずはない。
 それにしても、「世界一の××」を世に送り出す零細企業。なんてフレーズを耳にすると、日本はまだまだ捨てたモンじゃないよ、と誇らしく思う。そんな私は骨の髄まで日本人。日本語は非常に危ういが。
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一生は真剣であれかし
2007/04/27(Fri)
 報告が遅れました。すったもんだの挙げ句、妹は無事に受験が終了し、今は神楽坂ライフを満喫している模様です。
 もともと、ノッペリな私と違ってホリの深い顔立ち。すらっと長い手足。化粧もするようになり、服装も大人びるようになると、「こんちくしょう! 若い!! 綺麗!!!」と娘盛りの妹を妬む気持ちも起ころうもの。私の十九歳なんて何年前だ? すでに五本の指でさえ数えられないほど昔になってしまったのかと思うと、花の色は移りにけりなとほほほほほ・・・。
 友達の話。講義の話。サークルの話。美味しいお店の話。遊びに行く話。毎日が楽しいようで、羨ましい。自分だって、同じように学生時代は楽しい毎日を送っていたことなど棚に上げ、「ああ、大学生に戻りたい!」と真剣に思ってしまう。いやはや、大学生とは、いいものだな。私の今までの人生のうちで、一番自由な時間だったように思う。本当にいいものだ。
 だからこそ、この「大学生」である期間に何をするかというのが、とても重要なのだろう。
 似たようなことを前にも書いた。確かに、一生は真剣であれかし。けれども、好きなことに全力を傾け、何の気兼ねも妥協もせずに没頭できるのは学生のうちだけなのだろうと思う。親の支援ももらい、しかもバイトで稼ぐようになるから金銭的な余裕はある。若いから体力もある。人に対する責任はない。ただ、自分に対する責任だけがある。高校生のように平日の日中が絶対に授業というわけでもない。卒業に必要な単位さえ確保しておけば、「自由」な時間は、それこそ本当に「自由」に使える。
 この「自由」な時間を猛勉強で明け暮れた友達は、そのまま司法試験に合格した。あるいは、公務員試験に合格した。法科大学院への切符を手に入れた人もいる。
 また、この「自由」な時間を遊びに費やした友達は、社会の中で「楽しむ術」を心得て、休日という時間を大いに充実させている。時折もらうメールは私をいつも爆笑させてくれる。また、遊びが昂じて、そのままそれを仕事にしてしまった人もいる。仕事にしようと今でも頑張っている人もいる。
 それぞれの「今」は、それぞれが真剣に大学生をしていたことの証。学生時代というのは、その後の人生に一番の影響を与える時代でもあるのだろう。何をするにしても、最も長く時間を費やせることができる。そして、一般的に二十代で終わりを告げる学生時代のその後は、長い。
 一生を決めるかもしれない時期、私は少し無駄に過ごしたかな。そうだからこそ、少しの後悔と焦りが、狂おしいほど次のステップへと急がせる。これ以上は何も無駄にしたくない。
 そんな思いで。
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みんなちがって、みんないい
2007/04/29(Sun)
 現実にはひどく音痴で、しかもレパートリーが少ないので、カラオケに繁く通うという習慣はない。なので、誘われるか、よっぽどストレスがたまった時以外、カラオケで歌いたいという欲求も滅多に起こらない。
 最近は少しだけカラオケに行く機会が増えたが、それでも、普通の人に比べれば断然少ない方だろうと思う。
 興味もないから最近の歌はチェックしないし、あえて回りに合わせて歌えるようになろうとも思わない。そうすると、自分の好きなアーティストくらいは詳しくても、一般的な「流行」には断然疎くなる。周りの目を気にしないということは、得てして「流行」に乗り遅れるもの。カラオケひとつとっても、うん、その通りだなと感じる。
 今にして思えば、私って、「みんなと一緒」というのが昔から苦手な子供だった。
 どうして、友達同士でトイレに一緒に行かないといけないのだろうって思っていたし。どうして、運動ができないとダメな子なのだろうって思っていたし。
 どうして、バスケが好きなのが普通で、どうして、本を読むのが好きなのは普通じゃないのだろう。
 どうして、みんなでタクミ君を好きにならなきゃいけないのだろう。
 どうして、たまごっちを持っていないといけないのだろう。
 どうしてプリクラにはまらなきゃいけないのだろう。ルーズソックスの何がいいのだろう。
 みんなの好きなことを、どうして私も好きにならなきゃいけないのか。みんなが知っていることを、どうして私も知っていなければいけないのか。ずっと疑問だった。けれども、「みんなと一緒」じゃないと、みんなから除け者にされてしまう。だから、違和感を感じていても「みんなと一緒」でいようと背伸びしていた時期もあったかな。今じゃ、回りなんて知ったことかという心境。私は、私。159センチという身長はこれ以上伸びることはない。
 何も、回りに合わせて神経をすり減らすこともないんだよね。そんなことに気が付いたのは高校生くらいの頃だったろうか。

 金子みすゞの作品に、『私と小鳥と鈴と』というものがある。

 私が兩手をひろげても、
 お空はちつとも飛べないが、
 飛べる小鳥は私のやうに
 地面ぢべたを速くは走れない。

 私がからだをゆすつても、
 きれいな音は出ないけど、
 あの鳴る鈴は私のやうに
 たくさんな唄は知らないよ。

 鈴と、小鳥と、それから私、
 みんなちがつて、みんないい


 人は型で作られる人形ではないのだから、同じ感性を持っている人はいない。近いことはあっても、決して同じではない。ひとりひとりが少しずつ違っていけば、やがてまったく異なる感性の人と巡り会うもの。
 それを「みんなちがって、みんないい」と思えなければ、どこかで軋轢が生まれ、どこかで衝突が起こる。誰かがグループを作り、誰かが除け者にされる。どこかで誰かが悲しい思いをする。
 私はいつでも枠からはみ出していたから、色々と困ったことも多かった。みんなと同じでいたいという思いは、だからこそ人一倍強かったのではないかと思う。けれども、最近は人と違っていることの方がいいなって感じる。“えはりかくら”という人間はこの世でただひとり。誰かを真似する必要も、誰かに合わせる必要もない。
 私が好きだと感じるもの。
 私が苦手だと感じるもの。
 それをありのまま、大事に伸ばしていきたい。その延長線上に絡み合う人がいたら嬉しいし、まるで絡み合わない別の世界を持っている人がいれば、その人をもっともっと知りたいと思う。そうそう、興味の芽だけは大事に育んでいきたいもの。
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ソバはソト
2007/04/30(Mon)
 祝い事があると、外食。
 一般的に言っても最近は外食が当たり前になりつつあるから、外での食事なんてものも珍しくないし、すごいことではないかもしれない。けれども、私の家は違う。基本は家で食べる。マメな母親を持った結果、私の家では「外食」という言葉だけですでに贅沢で特別な世界。
 ・・・とはいえ、行くとは言ってもせいぜいがファミレスなのだけど。名のあるレストランでコース料理を堪能したいね、しようね、などと毎度テレビのグルメ番組を見つつ言いつつも、そんな金銭的な余裕があろうはずもない中流家庭なのだからこちらは。
 それで、とりあえず祝い事があると、ファミレスで食事。昔からずっと、そして今も変わらず。
 なーんて言うと聞こえはいいが、その真実は手抜きしたいだけ。
 卒業式とか、入学式とか、コンクールの日とか。そういったイベントが我が家の料理長を疲れさせてしまった時、「それじゃあ食べに行きましょうか」となる。
 あるいは、珍しく家族全員が夕食時に揃ったとき。「たまには手抜きしてもいいでしょう?!」となる。もちろん、偉大なる料理長に逆らう者などあるはずもなく。

 最近は、『ちょいはな』という店に行く機会が多い。

 千葉県は北西部。一番近い東京都まで電車で1時間。新宿まで出るのに1時間半。交通の便は悪くない。けれども、軽く田舎。
 私の住んでいる場所を表現するならそういうことになるのかな。
 家の目の前に雑木林。5分も歩けば畑がある。とりあえず梨が有名で、この街の梨の有名なことといったら、遠く離れた横浜の地で「××の梨、産地直送」という“ゆうパック”があるほど。(これは横浜に住んだときに初めて知ったことなのだが・・・地名出して売れるほど有名だとは、たまには住み慣れた土地を離れて独り暮らしてみるというのも悪くない)
 ひとことで言ってしまえば、住むにはうってつけだが、とりあえず何もない街。そんな街が、ここ最近俄に発展し始めている。
 殺風景だった駅前にショッピングセンター。スポーツジム。
 マンションが建ち並び、店も増えた。
 『ちょいはな』も、そんな勢いの中でオープンした十割蕎麦(を中心にした和食)の店。とりあえず、のっけから気になる店だった。
 娃榛家では、蕎麦を家の中でゆでるという習慣がない。頑なに母親が蕎麦料理をしない。けれども、私の家ではみんなで蕎麦が好きだ。そんなわけで、外観が如何にも美味しそうな店ができたとき、「行きたいなぁ」と誰もが思ったもの。「通」と言えるほどに舌は肥えていないし、それなりに美味しいお店なので、事あるごとに通い詰めている。

 さて、家の事情を度外視しても、蕎麦は外で食べるものと思う。それぞれに味がはっきりと違うし、それに、やっぱり外で食べる蕎麦の方が、自分で茹でるものよりも美味しい・・・(ように感じる)。
 今まで食べた中で一番美味しかったのは、那須で食べたもの。
 お店の名前は忘れてしまったけれども、近くに銀河高原ビールの工場があったはず。
 大して詳しいわけでもない土地。旅の情緒溢れるその場所で、綺麗な水で作られた蕎麦を食べたから、その美味しさはまた格別だったのだろう。それに空腹だったしね。楽しい会話を出汁に、美味しいお蕎麦を堪能させてもらった。
 美味しい料理を本当に美味しくしてくれるのは、素材だけじゃあないってことかもね。時間と場所、相手と素材。すべてが最高のときに、最高の料理が堪能できるものかもしれない。
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